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白方の地名の由来について、「白砂と河川の干潟」に由来するという説があります。 「日本書紀」には神武天皇が河内国の白肩津(現大阪府枚岡市日下町)に入津した記録があり、古代には潟湖にのぞんだ港であったということです。潟は引き潮に現れる海岸のなぎさの意と、砂丘などに囲まれて細い水路で海に繋がる湖沼や湾の意味もあり、白方が白潟とも記されることから当地方が、古代や中世には舟着場であったと考えられています。
常陸地方の古い地形は、中世の頃までは現在より数メートル高いところが水陸境界線でありました。真崎浦や細浦も江戸時代に干拓が始まり、白方も現在の豊受皇大神宮の社の下から豊岡に続く広い田圃はかつて汽水湖であったようです。
久慈川の砂州が延び、河口が北上して現在の久慈町(日立市)に港が移るとともに、水際線も下がり、白方は水田へと変化していきました。
東海村史編纂委員会「村の歴史と群像」より
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